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ウィーンとフィレンツェでフランコ・フェッラーラに師事していた時期、1986年にヘルベルト・フォン・カラヤンのアシスタントに任命され、これをきっかけにベルリン・フィルハーモニー管弦楽団やウィーン・フィルハーモニー管弦楽団などのオーケストラを指揮したり、欧州や米国のツアーに参加したりすることとなった。1989年にはザルツブルグ音楽祭でサー・ゲオルグ・ショルティとの間に密接な信頼関係が生まれた。1991年、モーツァルト没後200年を記念するザルツブルグ音楽祭でのオープニングのマチネ公演を指揮、その後1996年にはウィーン・フィルハーモニー管弦楽団による《フィデリオ》を指揮するために再度招かれた。
1994年、《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》でロイヤル・オペラ・ハウス・コヴェント・ガーデンにデビューして以来、同歌劇場では《仮面舞踏会》、《トスカ》、《ラ・ボエーム》、《蝶々夫人》などの作品を指揮してきた。
1993年には《ドン・ジョヴァンニ》でスカラ座に、1998年には《タンホイザー》でオーストラリア歌劇場に、また2000年には《ばらの騎士》でジュネーヴ大歌劇場(テレビ放映もされた)、《ファウストの劫罰》でチューリッヒ歌劇場、《ファウスト》(グノー)でロサンジェルス・オペラにデビュー、いずれも絶賛を博し、国際的な評判を確たるものとした。
2001年にはニューヨークのメトロポリタン歌劇場でのブゾーニの《ファウスト博士》の初演を指揮した。
これまでにドイツ国内の主要な歌劇場は全て指揮してきた。代表的な作品には、ケルン歌劇場での《ばらの騎士》、ドレスデン州立歌劇場での《アルジェのイタリア女》、ハンブルク州立歌劇場の《オテロ》、《ラ・ボエーム》、《カルメン》、《タンホイザー》、ベルリン・ドイツ・オペラの《ラ・ボエーム》、《蝶々夫人》、バイエルン州立歌劇場での《ばらの騎士》、《エレクトラ》などが挙げられる。
2003/2004年のシーズンには、バイエルン州立歌劇場に招かれ《タンホイザー》、《アラベラ》、《仮面舞踏会》、《ローエングリン》を指揮、また2004/2005年のシーズンにはハンブルク州立歌劇場で4作品、《オテロ》、《ファルスタッフ》、《さまよえるオランダ人》と《サロメ》を指揮した。
最も特筆に値するのは、2005年10月、国際北京音楽祭でのニュルンベルク州立歌劇場によるワーグナーの《リング》チクルスを指揮したことだった。中国では初めての上演となったこの作品は絶賛された。
2005/2006年:11月には《ラ・ボエーム》でメトロポリタン歌劇場に再登場し、1月にはロイヤル・オペラ・ハウス・コヴェント・ガーデンで《ラ・トラヴィアータ(椿姫)》の再演を指揮、2006年の早春にはカリアリ・テアトロ・リリコでの《ワルキューレ》の後、ベルリン・ドイツ・オペラで《死の都》と《アイーダ》を指揮することになっている。
今後の出演予定にはロイヤル・オペラ・ハウス・コヴェント・ガーデンでの《カルメン》の再演(2007年)、東京での《タンホイザー》(2007年)、ハンブルク国立歌劇場での《ドン・カルロ》の再演と《死の都》(いずれも2008年)などがある。
オペラでの忙しいスケジュールに加えてコンサートの指揮者としても大活躍しており、最近ではミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団、フランス国立管弦楽団、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、フィレンツェ五月音楽祭管弦楽団、ロンドン・ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団、BBC交響楽団などを指揮した。
2002年の6月にはフランスの名誉領事に任命され、2005年6月にはその芸術的な評価と独仏友好への寄与が認められてドイツ連邦共和国から勲章the Federal Cross of Meritが授与されている。
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