「スターバト・マーテル」はロッシーニの既存のイメージを変える、深い信仰心に溢れた傑作です〜〜エヴァ・メイに聞く
90年代に彗星のようにイタリアから現れたソプラノ歌手エヴァ・メイ。オペラではモーツァルト以降ヴェルディあたりまでをレパートリーとしているが、
特にベルカント期のオペラ、ロッシーニ、ベッリーニ、ドニゼッティでの歌唱は世界的に高い評価を受けている。またオペラだけでなく、宗教曲やリートの分
野でも活躍し、この2月には日本で初めてのリートのみのリサイタルを開いて、多くの聴衆を感動に誘った。
ヨーロッパで高い人気を誇る彼女だが、素顔はとてもフレンドリーで、笑顔が素敵な人。昨年に続き宗教曲を振るためにやってくるリッカルド・ムーティの
御指名で、今回ロッシーニの傑作「スターバト・マーテル」を歌うことになった。このインタビューの時まで一緒に歌うメンバーを知らなかったが、イルデブ
ランド・ダルカンジェロは昨年もヴェルディの「レクイエム」に参加したと告げると、「彼とは一緒に録音(注・アーノンクール指揮ウィーン・フィルによる
ヴェルディ「レクイエム」のこと)したこともあるのよ」と嬉しそうに話してくれた。
リッカルド・ムーティとの仕事
--たくさんの巨匠たちと共演なさっていますが、リッカルド・ムーティさんとはいつごろからのお知り合いですか?
エヴァ・メイ:
ミラノ・スカラ座で92年に「ドン・パスクヮーレ」(ドニゼッティ)を歌った時が最初の出会いだったと思います。その後スカラ座では「ノ
ルマ」(ベッリーニ)で一緒に仕事をしていますね。それから、ロッシーニの「スターバト・マーテル」ですが、これもムーティさんとは7〜8年前にバルセ
ロナのリセウ劇場で共演しています。他にもいくつかコンサートで共演したことがあります。
--指揮者としてのムーティさんは非常に厳しい方だと思いますが、実際に共演された時の彼の印象は?
エヴァ・メイ:
もちろん音楽的には非常に厳しい方ですけれど、普段はとても気さくな方ですよ。仕事が終れば一緒に食事にも行きますしね。人間的にもとても素晴ら
しい方です。彼と仕事をするのがとても楽しいのは、リハーサルが素晴らしいからなんです。歌い手の声のことを良く知っていて、その状態についても良く把
握しています。そして、リハーサルの過程でいくつもアイディアを出してくれるんです。何回もリハーサルをしますが、そこでは可能な限り、彼の要求を受け
入れて演奏します。その過程がとても勉強になるんですね。そして本番で素晴らしい結果を得る事が出来るんです。
--リハーサルと本番では、ムーティさんの指揮ぶりは違いますか?
エヴァ・メイ: 私にとっては、違います。でも、その違いを具体的に語ることはとても難しいのです。演奏会というのは、演奏家を通じてその音楽の本質を伝える機会
だと思うのです。だから、普段の自分とは違う存在になっています。その音楽とは何かを伝えるために、演奏する訳ですからね。普段は普通の人、でもステー
ジに立ったらアーティストなんです。で、マエストロ・ムーティは「偉大な」アーティストだと思います。
ロッシーニの宗教曲
--さて、今回はロッシーニの「スターバト・マーテル」を歌われます。
メイさんはオペラ中心ですが、宗教曲の演奏はよくなさっているのですか?
エヴァ・メイ:メイ もちろんです。ペルゴレージの「スターバト・マーテル」も歌いましたし、モーツァルト、ロッシーニ、ヴェルディ、ブラームスなどの宗教曲は私の重
要なレパートリーに入っています。
--ロッシーニというと「セヴィリアの理髪師」などのオペラ作品が有名ですね。
エヴァ・メイ:
一般的にはオペラ・ブッファ(喜劇的なオペラ)の作曲家として知られていますね。もちろんブッファだけでなく、オペラ・セリア(歴史などに題材を
取った真面目なオペラ)も書いているし、宗教曲もこの作品のように書いているんです。ブッファだけに光が当てられて、他の部分が知られていないような気
がしますね。私は、この「スターバト・マーテル」がロッシーニの最高の作品だと感じています。
--それはどういう点からですか?
エヴァ・メイ: 私はいつも思うのですが、モーツァルトの「レクイエム」にしろ、ヴェルディの「レクイエム」にしろ、宗教曲はその作曲家の最高傑作だと思うので
す。ロッシーニの場合はこの「スターバト・マーテル」がそうで、この作品の中にロッシーニの人間性が表現されていると考えます。宗教曲には内面性の強さ
が現れてきます。オペラではその時代の流行とか好みに左右される部分があるのですが、宗教曲はそうではない。作曲家自身が書きたくて書く作品なのです。
だから作曲家の本心とでも言うべきものが表現されます。それが演奏家にも影響を与えて行くのです。
--ロッシーニの「スターバト・マーテル」は非常に美しい作品であると同時に、ドラマティックでもありますね。それにとても歌唱が難しい。
エヴァ・メイ:その通りです。この作品の中にはすべての要素があります。オーケストラ・パートは非常に厚みがありますし、コーラスも重要です。その上に、歌手そ
れぞれに難しいソロ・パートがあり、合唱と合わせる部分もある。美しいけれど、とても難しい作品であることは間違いないですね。特にテノールにとっては
挑戦的な作品となりますね。
--ソプラノにとって、この作品の中で最も難しい部分は?
エヴァ・メイ: コーラスと歌う一番最後のアリアが、最も美しく、聞かせどころですね。難しいと言えば、この作品全部が難しいですよ(笑い)。デュエットにしても、カルテット(4重唱)にしてもね。音楽を真面目に演奏しようと思ったら、簡単なものなんてありません。
--日本人にとってはキリスト教に基づく宗教曲は、やはりちょっと縁遠いところがありますが。
エヴァ・メイ: 確かにそうでしょうが、あまり構えずに、このロッシーニの音楽のインパクトを正直に受け取って欲しいと思います。
--ムーティさんとバルセロナで一緒に演奏されてから時間も経っていますが、やはり演奏解釈にも変化があるのでしょうか?
エヴァ・メイ: もちろん変化しているでしょう。私の声もその時とは変わっていますし、作品に対する考え方も当然変わっています。人間は変わるものです。大きくな
るし、年を取るし、良くなるし、悪くなるし(笑い)。人間は変わるもの、ですよ。
--では、最後に、日本の聴衆にメッセージを。
エヴァ・メイ: 「スターバト・マーテル」はロッシーニの書いた最高傑作だと思います。ロッシーニがその内面で感じていたことを表現した作品です。ヴェルディの
「レクイエム」の前に書かれた最高の宗教曲で、ヴェルディの中にもこの作品の影響があると思います。私個人が感じているのは、ロッシーニという人はかな
り「悲痛な人」だったのではないか、ということです。ブッファだけが彼の世界ではなく、内面的にはかなり悲しみを多く含んだ人だったように思うのです。
その悲痛さは、彼の室内楽曲を聴くと分かると思うのですが。オペラでは知る事の出来ないロッシーニの一面を、ぜひこの作品を通して味わっていただきたい
と思います。
(聞き手:音楽ジャーナリスト・片桐卓也 撮影:三好英輔)
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