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チャイコフスキーは、《エフゲニー・オネーギン》を「叙情的情景」の連なりであると形容したが、彼はプー
シキンの作品に典型的な大地主と農奴、田舎者と都会人、夢想家と現実主義者といったアイロニカルな
対立に目を向けず、タチヤーナやオネーギンたちは精神的なドラマの登場人物となった。今回の演出に
あたり、何よりも若き主人公たちの、時代を超越した物語に興味を引かれた。彼らは愛や冒険を求め、
争い合い、決闘までしでかす。互いを慕う気持ちも因習的な伝統の中では表現することができない。チャ
イコフスキーの主人公たちの感情は、張り詰めた氷の下に隠されているかのようだ。
聴き手はタチヤーナの目を通して、この作品を観ることになる。タチヤーナは女流作家として紹介され、
パートナーと充実した別の人生を送りたいと望んでいる。その彼女に別世界の扉を開いたのがオネーギ
ンであった。だが、常に新しい冒険を求めるオネーギンにタチヤーナは共に暮らす未来像を描けない―
―タチヤーナの精神世界、希望は、夢見た幸福に生きることができない現実と内なる氷の世界の情景へ
とかすんでいく。
この物語の舞台がロシアであることは、さほど重要ではない。重要なのは、互いに歩み寄ろうとせず、オ
ネーギンのように人生の渇きに泉を求めてさまよい歩く人間たちである。快楽に耽り、大人になろうとせ
ず、人間関係を肯定できず、孤独に取り残されてしまう人間像。人生への問いかけが《オネーギン》の中
に散りばめられているのである。
by.ファルク・リヒター
〜セット・モデル〜
Photo:Katrin Hoffmann
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